次の目的地はアブシンベル大神殿。この遺跡を見に行く為だけに、観光の起点となるアスワンへ向かった。
カイロのラムセス駅を朝7時発。ナイル川に沿って南へ約1000km。アスワンまで14時間の列車移動だ。
車内はほぼ満席に近いが窓側に座ることができた。
出発までガイドックや地図を眺める。隣席も含めまわりは全員エジプト人。
列車が動き出すと、汚い窓からエジプト郊外の景色が流れはじめた。
カイロのゴミゴミした茶色い景色から、緑美しいサトウキビ畑、ナツメヤシの田園風景が広がった。さらに遠くに岩山や砂漠まで見える。久しぶりの長距離移動に新鮮さすら感じていた。
朝は何も食べず出発したのでお昼になると腹が減って仕方なかった。
途中の停車駅でなにか飯でも買えるだろうと思い「水」しか持ってこなかったのだ。考えが甘かった。
今はラマダーン(断食)で日中は何も食べない。移動中の列車内で唯一旅行者が手に入れる事ができたのはビスケットくらいだった。
イスラム教徒はラマダーン中は飲料水も飲まない為、自分だけガブガブ水を飲むのも気が引ける。隣の席のエジプト人に「水飲んでもいい?」と聞くと、どうぞどうぞ。と言ったジェスチャーで笑顔で答えてくれた。
僕はガイドブックを広げ、巻末に載ってる簡単アラビア語講座を見ながら彼と片言の会話をしながら時間を潰した。
どこに住んでるの?とエジプト全土の地図を広げて見せても、
うーん、さっぱりわからん。と言った様子だった。
日常で地図を見ないのか、地図にも載っていない小さな村なんだなと思った。
ナツメヤシの木々が夕日に染まってシルエットになり、ナイル川もキラキラ輝いていた。やっと落ち着いた気分になれた。しかし到着までの14時間、空腹で水しか飲まなかったので僕は一睡もできなかった。
そして夜九時過ぎ、ようやく列車はアスワンに到着した。
アスワン駅を出て、夜の街を歩いてく。目当ての安宿はなかなか見つからなかった。
おかしいなー、と地図を何度も覗いていると、地元の人が声をかけてくれて道を教えてくれた。
「シュクラン(ありがとう)」は最初に覚えたアラビア語だ。
どの国に訪れても、現地の言葉を少しでも覚える事は重要だ。旅の良し悪しも大分変わってくる。もちろん一つでも多く覚えた方が良いに決まっている。
なかでも、「ありがとう」「こんにちは」「いくら?」「安くして」「おいしい!」という5つの言葉をまず最初に覚えるようにしていた。言うまでもなく1番使用頻度が高い単語だ。
「ラズィーズ(おいしい!)」はもちろん食堂や屋台で使う。(リップサービスではなく本当においしいからなんだけど)すると次の日行った時に笑顔で迎えてくれたり、ちょっとしたサービスをしてくれる時もある。また、メニューを悩んだり、果物屋でフルーツを買う時なども、「これ、おいしい?」なんて聞く事ができる。1日2~3回は外食になってしまう旅行者には必ず覚えていて損は無い。
「安くして」は、買い物中コミュニケーションをとりながら「言い値では買わないよ」「ボラれないぞ」という意思表示を放つことができるからだ。それでもボラレるのがエジプトなんだが。
さて、朝からまともに食べてないので腹も減った。アスワンでは観光客が割と多いので定食屋も夜まで営業していた。
ようやく安宿にたどり着いた。値段交渉して、4人部屋ドミトリーに決めたが誰もいなくて一人占領状態だった。
宿のスタッフにアブシンベル大神殿に行きたい旨を伝えると、ここから大神殿まではバスで4時間程かかるので毎日夜中の出発だと言う。
今夜はゆっくり休もうと思っていたのに、そのまま夜中3時出発の大神殿行きへのツアーバスに申し込んでしまった。一人弾丸ツアーだ。
ドンドンドンッ!ハロー!? ・・・ハロー!?
やばい。ついつい爆睡してしまったらしい。
宿の従業員に叩き起こされ、ベッドから飛び上がってそのまま部屋を出た。(そうなると思い、いつでも出発できる体制のまま寝ていたのだ)
時刻は深夜3時直前だった。
近くの通りまで案内され、真っ暗闇のなか停車していた真っ白い小さなワゴン車。同行するらしい旅行者10人程がすし詰め状態で僕を待っていた。
申し訳ない、というジェスチャーをしながら乗り込む。同行者はみな韓国人だった。
余りの眠さで再びワゴン車内で寝てしまった。3時間後、目を覚ますと砂漠の地平線から朝日がのぼり始めていた。
単調な砂漠の景色をしばらく眺める。乾燥地帯だからなのか、雲一つ無い快晴の日が多い。
砂漠のアスファルト1本道をひた走り続ける。信号なんてある訳が無い。約4時間ノンストップで走り続けたワゴン車はようやくアブシンベル大神殿に到着した。
昨日の朝、カイロを出発してから仮眠しかとらず約24時間。ようやく古代文明遺跡とのご対面。
目の前のナセル湖を眺めるように4体の巨像が並んでいた。
大昔に岩をくり抜いてここまで精巧な彫刻を施す技術を持ったエジプト文明。同時に王の絶対的権力を感じる。
中央の入り口から内部に入る。
一通り見て回り見学終了。
どうだった?と自問自答。
思ったより感動せずあまり良くなかったのが正直な感想だ。
エジプトの歴史にそこまで精通していない僕も悪いのだが、入口から妙な違和感を感じていてそれが最後まで無くならなかった。
恐らく、「きれい」に演出しすぎて人工的な作りだったんだと思う。
実はこの神殿、巨大ダム建設による水没の危機にあい、ユネスコによりおよそ1000個のブロックに切断され、そっくりそのまま現在の位置に移動してきたもの。人間の都合で作られたダムにより、貴重な遺産が危ないという事態になり、さらに分解、移転という大工事を行ったのだ。
その為、大神殿の裏にはハリボテのような補強ドームが丸見えで、神殿内部は綺麗な板張りの床、至る所まで整備されている。
さらに大げさなほどライトアップもされ古代遺跡の自然な雰囲気はまるで無かった。夜になると音と光のショーまであるらしい。
僕は朽ち果てそうな古代のままの雰囲気を勝手に想像してしまっていたのだから無理もない。
これを見る為に24時間も移動してきたのかと思うと少々期待はずれだったようだ。
僕のように陸路からアプローチすると大神殿の裏側から入ることになり、ハリボテドームを見てから遺跡とご対面となるが、ナイル川クルーズツアーのように、船上から湖越しに遺跡と初対面になれば、それなりに興奮して楽しめるかもしれない。
どちらにしても、ピラミッド程の興奮には至らなかった。
結局、遺跡には保存の為の補修工事は必要だが、人工的に手を加えすぎると逆に味気なくなってしまうという事だ。
見学時間を持て余した僕は湖畔で猫と遊んでいた。
周囲には神殿以外なにもないのでトンボ返り。帰りもワゴンにゆられ4時間、再びアスワンの街に戻ってきた。
数日前、カイロのサファリホテルで出会った旅人との会話を思い出した。
「アブシンベルどうでした?僕はこれから向かおうと思っているんですけど」
「数年前にアフリカ中全ての国を旅してエジプトも2回目なんだ。だけど当時は金なくてさ、アブシンベルを見てなかったんで、今回わざわざ遠くまで見に行ったんだけど。他の遺跡に比べればいまいちだったなぁ」
旅慣れしてくると新鮮さが徐々に薄れてきて、遺跡観光などに興味を無くしてしまうという長期旅行の恐ろしさがある。
僕はまだ今回の旅1か国目。気持ちもフレッシュだったのに、彼と似たような感想だった。
アスワンに到着後、すぐに明日出発のルクソール行きの列車チケットを買った。
ルクソールには、ツタンカーメンの墓、カルナック神殿など世界遺産の遺跡が数多くある。
しばらくは遺跡観光が続きそうだな。
太陽は相変わらずギラギラと輝きながら頭上に居座っている。日中の最高気温は35℃を超えていた。
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